Art, Anarchy, and Animism

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Column - Culture
Art, Anarchy, and Animism
三つのAについて

 
アート、アナーキー、アニミズム。いま私たちの前に、Aから始まる三つの重要な語彙が浮上し、焔のように絡まり合い、互いを燃やしている。

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石倉敏明
いしくら・としあき/1974年東京生まれの人類学者。 秋田公立美術大学アーツ&ルーツ専攻准教授。 シッキム、ダージリン丘陵、カトマンドゥ盆地や東北日本などでフィールドワークを行なった後、環太平洋地域の比較神語学や非人間種のイメージを巡る芸術的研究を続けている。 
www.abiki.ac.jp/teacher/7039.html

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Art
アート:地球規模の贈与交換活動


 最初の概念であるアートは、もはやヨーロッパを起源地とする審美的な作品制作とその鑑賞という次元を超えて、人類の起源から継承されたイメージの制作と共有という普遍的活動として再評価され、実際に世界中の人びとの精神的生活になくてはならないものとなっている。
 アートは決して近代に特有の現象ではなく、ヨーロッパの歴史の中で生まれて世界中に伝播していった、グローバルな象徴的通貨でもない(私たちはその意味で、徹底的にアートを脱植民地化していく必要がある)。
それは「アート・ワールド」という象徴資本の海域の底に蠢くマグマであり、いわば海底や地底のプレートのように知覚の背景に潜り込み、産業化された世界を振動させるイメージとエネルギーの活動そのものである。私たちは多様なメディアを使ってアートという多層的な活動に関わり、互いに震えながらそれを享受する。
 アートとは、いわば先行する死者の世代から贈与された生の遊戯であり、あらゆる人間と非人間を巻き込んだ、地球規模の贈与交換活動にほかならない。


Anarchy
アナーキー:多元的な地域主義


 二つ目の概念は、アナーキーと呼ばれるものだ。アナーキーとは、国家に対する無秩序や平和を破壊する暴力を意味するのではない。ポール・ヴァレリーの正当な主張によれば、「アナーキーとは証明不能なものの命令に服従することを一切拒絶する各個の姿勢である」(『純粋及び応用アナーキー原理』)。
 アナーキーを奉ずる政治的な立場をアナキズムと呼ぶが、これはアプリオリに設定された公共的なるものや、個人を抑圧し検疫する全ての政治的圧力を懐疑し、異なる性質と生存条件を持ったもの同士が自身の異質性を廃棄することなく共存できる相互扶助の姿勢を意味する。その精神はダダイズムからパンクに至るまで、20世紀のあらゆる文化運動の根幹となる態度を形成してきたのだったが、二十一世紀にはナショナリズムを超克しようとするさまざまな社会運動の合流点となり、ダイナミックに流動しつつ社会的・自然的リスクを乗り越えようとする多元的な地域主義として発展しつつある。
 それは、自由という概念を大義や教義の庇護のもとに保護するのではなく、何ものにも所有されることのない未規定の領野に解放する運動である。


Animism
アニミズム:蘇る生命の思想


 三つ目の概念を、私たちはアニミズムと呼んでいる。アニミズムとは、私たち自身の、そして私たち以外のあらゆるものたちの魂を尊重し、擁護し、交換し、育成しようとする態度にほかならない。
 アニミズムは、有機体の間を絶え間なく駆け回り、常に流動し続ける知性と生命の思想だ。旧来のアニミズムは、世界中に存在するモノに生命が宿ると考える、一種の倒錯した強迫観念だと考えられてきた。ところが、近年の人類学はこれと真逆のことを教えてくれる。
 例えばティム・インゴルドによれば、アニミズムとは、モノの中に生命があると考えるのではなく、生命の中にモノがあると考える思想だという(『人類学とは何か』)。それは、生命のないモノに生命を見出す屈折した幻想ではなく、生命を万物の背景とする思想であり、有機物と非有機物の差異すら超えてゆく徹底した実践にも結びつく。アニミズムは、個物の差異を超えて、その差異を前提としながらあらゆるものを無差別に結びつける。
 アニミズムは、いわばモノに溢れた背景に生命現象を描くのではなく、生命という開放系の中に万物を改めて位置付けようとする、倫理的な態度である。

Anthropology
四つめのAとしてのアントロポロジー


 アート、アナーキー、アニミズム。この三者は、今や不可分の概念として緊密に絡み合い、一見灰色に見える産業化されたリアリズムを変形させてゆく。この新たな三位一体を腑分けし、有益な亀裂を生み出すのは、アントロポロジー(人類学)という四つ目のAである。
 人類学は、世界が人間の占有物ではないという「不都合な真実」を、傲慢な政治支配者に突きつける。かつて20世紀の偉大な人類学者であるレヴィ=ストロースが書いたように、世界は人間なしにはじまり、人間なしに終わるだろう。しかし、世界そのものには、はじまりも終わりもない次元が存在している。
 この、はじまることも終わることもない、尽きることも汚れることもない世界を理解するために、私たちはアートと政治をふたたび結婚させる必要がある。アート、アナーキー、アニミズムは、これまで誤ってバラバラに扱われてきたのだが、実は同じ運動態の、三つの異なる姿なのかもしれない。
 人類学は、最初期からこの三つの原理を追い求め、今日に至るまでその共通性を語りきれていない。私たちは、この三つ、あるいは四つのAに立ち戻らないとならない。

 

Published: almanacs Vol.03 (2023SS)

 

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