Fashion as a language

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Column - Fashion
Fashion as a language
言葉を生み出すファッション

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小石祐介
こいし・ゆうすけ/クラインシュタイン代表。2014年にパートナーのコイシミキと共に、クラインシュタインを設立。カタカナ語がはびこる日本社会に嫌気がさし、ファッションの翻訳語として「様装」を提案する。クラインシュタインのギャラリー・ショールーム「STEIN BOX」を運営。
kleinstein.com 
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乱世、
ファッション、
そしてロストバッゲージ

 
 安倍元総理が路上で暗殺されるビッグニュースが流れた。それでも表向き誰も微動だにせず、別のニュースに刮目したかと思えば5秒後には忘れて次のニュースに流れていくのがカルチャー消費のタイムラインである。これはファッション業界の大半が概してリベラルなノンポリであることの証拠だが、2月24日にロシアがウクライナに侵攻してから世界が一変した今、マクロな政治の動きを無関心に見過ごすのは大きなリスクとなった。物価のインフレは加速中で、気がつくと1ドルが1ユーロと等価になりドル円のレートは139円(2022年7月14日時点)になっている。何も考えずインポートブランドのビジネスをしていたら廃業に追い込まれるレベルの状況が発生している。この戦争の結果、ロシア国内の企業と取引を行っている各国のブランドやサプライヤーは倫理的観点から取引することを糾弾され、ウクライナ支援のメッセージは道義的に必須の行動となった。ロシア上空は飛行禁止区域となったことで初めて戦争の影響を実感した人も多いと思う。ファッションウィークへ向かうパリへの飛行時間は1.5倍以上になり、戦争による原油高とインフレによってフライトチケットは高騰した上に乗継便のロストバッゲージの確率も飛躍的に向上した。きっと今回の6月のファッションウィークでは、世界のどこかでサンプルを入れたバッゲージがロストして、途方に暮れた人たちがいるのだろう。



イメージを生みだす政治、イメージを操るファッション


 経済面はこの程度にして、「政治」と「イメージ」の関係について話そう。ファッションにとって政治は切っても切り離せないものである。最もわかりやすい例はLVMHのベルナール・アルノー会長の存在である。フランス随一の富豪である彼の会社には元役人がスタッフとして働いている。マクロン大統領の支持を表明しており、2021年のサマリテーヌ百貨店のオープニングには大統領自らが顔を出した。トランプ政権時代は対EU関税に対応するロビイングのために米国のテキサスに工場を設立しトランプ大統領とも会談しており、5月の来日時には日本の官邸にロビイングしているのがニュースになったばかりだ。

 ファッションは極めて政治的なビジネスである。政治には「イメージ」が付きまとう一方、ファッションは「イメージ」を操り、創造し資本主義社会で冨を生み出す領域だからだ。今は随分とタイムラインが穏やかになったが、2020年までアメリカではトランプ大統領が鎮座していて、彼の大きな身体が連日世界各地のTV画面とインターネットに流れていたことを覚えている人も多いと思う。反リベラルな姿勢のトランプのイメージが連日流れる度に、逆にトランプ的なものから遠いとされるリベラルなテーマ、特にSDGs、環境や多様性(ダイバーシティ)のテーマはより世界で盛り上がりを強めた。トランプは世間にとって叩き放題のサンドバッグとなり、それを叩く力はまるでジャズトリオが叩くドラムのリズムのように、クリエーションの波を増幅させた。過去を振り返ると同じような現象がある。ベトナム戦争の時はビートニク、ヒッピカルチャーが勃興し、反体制のカルチャーが盛り上がった。歴史的にポップカルチャーは「反権力の立場」から生まれる。「社会的善」が前衛になり、政治の乱世が続くと、新しいカルチャーが生まれてきた。

 ロシア・ウクライナ戦争の話に戻ろう。ゴーシャ・ラブチンスキーからヴェトモンなどのブームを発端から口火を切った、旧ソ連のポップカルチャーブームを覚えている人は多いだろう。アメリカが非リベラル的になればなるほど、逆により野性的な世界に見える旧ソ連のカルチャーは、反体制のオルタナティブなカルチャー源となり、ロシア語に使われるキリル文字はファッショナブルな記号となった。しかし、その状況が2月24日を機に一変したのである。ウクライナへ侵攻をした2022年2月24日を境に、既に下火になりつつあったロシア的カルチャーは悪のシンボルに誤読されかねない「記号」になって息の根をほぼ止められた。アンチヒーローとしてのロシアン・カルチャー、悪役のファッションアイコンとして使われたプーチン大統領の姿やインターネットMEMEも、もはや表に出せないようなタブーとなる。余談だが、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は、元々は持ち芸が股間でピアノを演奏するという際どい芸が持ち味のコメディアンであり、俳優だった。かつて下品なネタで笑いをとっていた人物が今では政治家として世界中から尊敬を集め、元KGBのスパイであるプーチン大統領と対峙するというのは奇妙で、笑えないブラックユーモアだ。



階級闘争としてのファッション史

 Tシャツのボディにも時々プリントされる、反権力のファッションアイコンのカール・マルクスは『共産党宣言』(1848)に「今日までのあらゆる社会の歴史は、階級闘争の歴史である」と書いた。政治史はまさに階級闘争の連続だが、現代ファッションも階級闘争の歴史である。大衆の起こしたフランス革命によって王政が倒されたパリという街が、ファッションウィークの聖地になっているというのはある意味では運命が仕組んだブラックユーモアかもしれない。社会と業界のヒエラルキーに存在する既得権益(エスタブリッシュメント)に対する攻撃として新しいクリエーションは生まれ、ファッションは進化してきた。かつて孤児であったシャネルはイミテーションパールのネックレスを、自分よりも出自に恵まれたブルジョワジーと貴族に高値で販売し(「売りつける」といった方が正しいだろう)、高価な真珠のネックレスよりも最先端とスタイルとして喧伝した。安い素材で作られた働く女性のスタイルの方が、昼からお茶をしている働かない有閑貴族の面々のドレスよりも、進歩的で「センスがいい」というステートメントを打ち出して、上層の階級の人を焦らせ、焚きつけたのだった。

 新しいファッションはヒエラルキーに対する闘争のメッセージだ。コムデギャルソン、マルタン・マルジェラ、そして前述したヴェトモン然り、ファッション・ヒエラルキーn上部の価値観々を挑発し、陳腐化し、構造をハッキングすることが強いクリエーションと見なされる。ルイ・ヴィトンが、ストリートカルチャーに強い影響を受け、かつてフランス王家の宮殿だったルーヴル美術館で7月にショーするというのも現代のブラックユーモアであり、創造的な皮肉である。



ファッションは言語を生みだす

 最近はNFTやメタバース、WEB3.0というキーワードが盛り上がっている。「衣服の枠を超えて、ファッションはサイバースペースに拡張した」というあまりにも自明でつまらない論調が数々のメディアで書かれている。私達がファッションについて語る時何を語っているだろうかを思い起こせばこの話も特に新しいものではない。私達はファッションについて語る時、服、スタイルという人間の装いのことだけでなく、音楽、映画、本は社会の空気感も含め様々な「世界の移ろい」について無意識に話している。ファッションの動きはコレクションのランウェイレポートとしてではなく本来「社会現象」として語られるべきだろう。現代社会ではInstagramやTwitterといったソーシャルメディアで誰をフォローし、あるいは誰にフォローされているか、そしてどんな発信をしているか、政治的主張をしているかというステータスが、その人のアイデンティティを表している。これらは服やバッグ、ジュエリーそしてブランドを身に着けているかということと同じような意味を持ち、衣服やスタイルと絡み合いアイデンティティを生みだす。個人のアイデンティティを表す「イメージ」は、それがプリントTシャツ、フェイクパールといった個々のアイテムであれ、フォローしているアカウントや主張であれ、「ファッションアイテム」なのだ。インターネットによって拡張された現代社会では「全てがファッション」であり「言語」になりうるのだ。

 クリエーションの過程で生まれる新しいファッションは我々にとって、人と人とを結びつけ、同時に分断する「新しい言語」だ。乱世が続く今、政治や社会の動きを敏感に察知し積極的に取り込むような、非常に高いレベルでの政治的なクリエーションがますます求められているように思う。ホットな世界の動きから極端に距離を置いて、ノンポリを貫く姿勢がクールとされた時代は終わり、社会の動きを何でも取り込み「新しい言語」を作り出す雑食の野生の時代が現代なのではないだろうか。


Published: almanacs Vol.03 (2023SS)

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